チームの心理的安全性を高める「承認」の技術:リーダーが実践する具体的な声かけと評価
はじめに:リーダーシップにおける「承認」とストレス予防
ITチームを率いるリーダーの皆様は、日々のプロジェクト推進に加え、メンバーのモチベーション維持やメンタルヘルスケアにも心を配られていることと思います。特に、納期プレッシャーや技術的な課題が多い環境では、メンバーが知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでしまうことも少なくありません。
このような状況で、チームのストレスを予防し、メンバーが安心して能力を発揮できる環境を作るために、リーダーが意識したい重要な要素の一つが「承認」と「評価」です。単に成果を評価するだけでなく、メンバーのプロセスや存在そのものを認め、適切に伝えることは、チームの心理的安全性を高め、結果としてストレス耐性の向上やエンゲージメント強化につながります。
本稿では、なぜ「承認」がチームのストレス予防に有効なのかを解説し、ITチームリーダーが現場で今日から実践できる具体的な承認の技術や、評価をストレス軽減につなげる方法についてご紹介します。具体的な声かけフレーズも交えながら解説しますので、ぜひ日々のチームマネジメントにご活用ください。
なぜ「承認」がチームストレス予防になるのか
承認とは、メンバーの貢献や努力、存在を認め、尊重する行為です。この承認が、チームのストレス予防やメンタルヘルス向上に効果的な理由はいくつかあります。
- 自己肯定感・貢献感の向上: 自分の仕事や存在が認められていると感じることで、メンバーは自己肯定感を高め、チームへの貢献意欲が増します。これは、ストレスに対するレジリエンス(回復力)を高める上で重要な要素です。
- 心理的安全性の醸成: リーダーや他のメンバーから承認される経験は、「ここでは自分は受け入れられている」「安心して意見を言える」「失敗しても大丈夫」という心理的な安全性につながります。心理的安全性の高いチームでは、課題や困難を一人で抱え込まず、チームで協力して乗り越えやすくなるため、ストレスが軽減されます。
- 関係性の強化: 承認は、リーダーとメンバー間、あるいはメンバー同士の信頼関係を深めます。良好な人間関係は、職場における最も重要なストレス緩衝材の一つです。
- エンゲージメント向上: 承認を通じて、メンバーは自分の仕事に価値を見出しやすくなり、組織へのエンゲージメントが高まります。エンゲージメントが高いメンバーは、困難な状況でも前向きに取り組む傾向があり、ストレス要因に対処しやすくなります。
このように、承認はメンバー個人の内面にポジティブな影響を与え、それがチーム全体の良好な雰囲気と協力体制を築き、結果としてストレスを予防・軽減する力となるのです。
実践!チームリーダーのための具体的な「承認」の技術
「承認」は特別な機会だけでなく、日々のちょっとしたコミュニケーションの中に散りばめることが重要です。ここでは、具体的な承認の種類と、日常の様々な場面での実践方法をご紹介します。
承認の種類を知る
承認にはいくつかの種類があります。これらを組み合わせて使うことで、より多角的で効果的な承認ができます。
- 結果承認: 出した成果や達成した目標を承認すること。「〇〇さんが期日までにこの機能を完成させてくれたおかげで、無事リリースできました。」
- プロセス承認: 成果に至るまでの過程、努力、工夫、成長を承認すること。「仕様変更が続くなか、△△さんが粘り強く調整を進めてくれたプロセスを高く評価しています。」
- 行動承認: 具体的な行動を承認すること。「今日の会議で□□さんが積極的に質問してくれたことで、議論が深まりました。」
- 存在承認: その人がチームにいること、その人自身の特性(真面目さ、前向きさ、ユニークな視点など)を承認すること。「いつも明るく挨拶してくれる◎◎さんがいると、チームの雰囲気が和みますね。」
日常のコミュニケーションでの承認例
会議中、オフィスでの会話、チャットツールなど、様々な場面で使える具体的な声かけ例です。
- 会議・定例での承認:
- 「今日の〇〇さんの提案、非常に論理的で分かりやすかった。他のメンバーも参考になったと思います。」
- 「△△さんがこのデータ分析を迅速に行ってくれたおかげで、次の意思決定に進めます。素晴らしい貢献です。」
- 「(難しい課題に対して)□□さんが粘り強く試行錯誤している姿勢、本当に尊敬します。諦めずに取り組んでくれてありがとう。」
- 廊下やデスクでの立ち話での承認:
- 「そういえば、こないだのあの件、すごく助かったよ。ありがとうね。」
- 「体調どう?最近ちょっと疲れてるように見えたけど、無理してない?いつでも声かけてね。(※存在承認・気遣い)」
- 「〇〇さんが作成したあの資料、すごく見やすくて助かりました。細かいところまで配慮が行き届いていますね。」
- チャットツールでの承認:
- 「@△△さん、先ほどの素早いバグ報告、助かります!すぐに対応チームに共有しました。」
- 「@チームメンバー全員:今日の定例、活発な意見交換ができて良かったですね。特に〇〇さんのあの視点は新鮮でした。皆さんお疲れ様でした。」
- 「@□□さん:あの難しい技術調査、本当にありがとう。あなたの粘り強いリサーチのおかげで、正しい方向性が見えてきました。」
1on1での深い承認とフィードバック
1on1は、日常会話よりも時間を確保し、じっくりと向き合える場です。ここでは、より深い承認と、成長を促すフィードバックを組み合わせることが効果的です。
- 成果とプロセスを紐づけた承認:
- 「今回の〇〇プロジェクト、目標達成おめでとう。特に、△△さんがxxという課題に対して、あの時とった##という行動(プロセス)が、この成果に繋がったと見ています。本人はどう感じていますか?」
- 強みや成長を具体的に伝える承認:
- 「最近、顧客への技術説明がすごく分かりやすくなったと感じています。特に、前回のプレゼンでは、難しい専門用語を使わずに例え話を入れてくれたのが、非常に効果的でした。本人は、この点について何か意識して取り組んだことはありますか?」
- 期待を伝える承認:
- 「□□さんが持つ、異なる意見を丁寧に聞き取る力は、チームの合意形成において非常に貴重です。今後もその強みを活かして、チームのハブ役として活躍してくれることを期待しています。」
- 改善点へのフィードバックを承認と組み合わせる:
- 「◎◎さんの技術力はチームに不可欠なものだと認識しています。一方で、タスクの納期管理という点では、もう少し改善できる可能性があるかもしれません。例えば、△△のタスクについては、早い段階で懸念点を共有してもらえると、チームとしてサポートしやすくなると思います。この点について、どうすれば改善できるか、一緒に考えてみませんか?あなたの能力を最大限に活かすために必要なことだと考えています。」
「承認」の際の注意点
承認は量だけでなく質も重要です。以下の点に注意することで、より信頼性の高い承認になります。
- 具体的に伝える: 何を、どのように頑張ったのか、具体的に伝えます。「頑張ったね」だけでなく、「〇〇の件、△△な点を工夫してくれてありがとう」のように、具体的な行動や結果に焦点を当てます。
- タイムリーに行う: 良い行動や成果を見たら、できるだけ早く承認します。時間が経つと効果が薄れてしまいます。
- 本心から伝える: 形だけの承認は、メンバーに見抜かれてしまいます。心から相手の貢献を認め、敬意をもって伝えます。
- 公平性を意識する: 特定のメンバーに偏らず、チーム全体を観察し、様々なメンバーの良い点を見つけて承認するよう心がけます。
「評価」をストレス軽減につなげるには
評価面談などは、メンバーにとって期待と不安が入り混じるストレスフルな場面になることもあります。しかし、評価の場を適切に活用することで、かえってメンバーのストレスを軽減し、成長を促す機会に変えることができます。
- 評価基準・期待値を明確にする: 何が評価されるのか、事前に明確に伝えることで、メンバーは安心して仕事に取り組めます。「なぜ評価が低いのか分からない」という状況は大きなストレスになります。
- 評価は「過去の断罪」ではなく「未来への投資」と捉える: 評価結果を単に伝えるだけでなく、その評価に至った理由を丁寧に説明し、今後の成長のために何が必要か、リーダーとしてどのようにサポートできるかを具体的に話し合います。
- 双方向のコミュニケーションを重視する: リーダーから一方的に伝えるだけでなく、メンバーの自己評価や、評価に対する考えを聞き、対話を通じて理解を深めます。
- ネガティブフィードバックも成長の機会として伝える: 改善が必要な点を伝える際は、人格を否定するのではなく、特定の行動や結果に焦点を当て、「〇〇という目標を達成するためには、△△という行動を改善できると、より効果的だと思います」のように、あくまで成長のための建設的な提案として伝えます。
- 必ずポジティブな点、貢献を伝える: 改善点だけでなく、今回の期間での良かった点、チームへの貢献を具体的に伝えることを忘れてはいけません。これにより、メンバーは自身の価値を再認識し、次の期間へのモチベーションを高めることができます。
評価面談で心理的安全性を確保するための具体的な声かけ例:
- 「本日は、あなたのこの期間の評価についてお話し、今後の目標設定や成長について一緒に考える時間にしたいと思います。まず、私からの評価をお伝えする前に、この期間を振り返って、ご自身で特に力を入れた点や、達成できたと感じる点、あるいは難しかった点などについて、自由に教えていただけますか?」
- (評価を伝えた後)「これが今回の私の評価です。この評価について、率直な感想や、私に確認したい点などがあれば、遠慮なくお話しください。」
- (改善点を伝える際)「〇〇さんが持つ高い専門性はチームに大きく貢献してくれています。ありがとうございます。加えて、△△の点について、今後さらに強化できると、あなたの能力をより広く活かせるようになり、チーム全体の成果にもつながると考えています。具体的には…(改善点と理由、期待する行動を説明)。この点について、何か取り組んでみたいことはありますか?私にサポートできることがあれば、遠慮なく言ってください。」
チーム全体で承認文化を醸成する
リーダー一人の承認だけでなく、チームメンバー同士が互いを承認し合う文化が根付くと、チームの心理的安全性はさらに高まります。
- 感謝や称賛をオープンに伝える機会を作る:
- 週次の定例会議などで、「今週のGood & New」のように、良かったことや感謝していることを一人ずつ簡単に共有する時間を設ける。
- チャットツールに「感謝チャンネル」のようなものを作り、気軽に「〇〇さん、この件手伝ってくれてありがとう!」といったメッセージを送り合えるようにする。
- リーダー自身がメンバーの良い点を積極的にシェアする: 他のメンバーの前で、「この前〇〇さんが△△の難しい問題を、素晴らしい方法で解決してくれたんだ」といった具体的なエピソードを共有する。
- メンバー間のピアボーナス制度やサンクスカード導入を検討する: 会社の制度として、メンバー同士が互いの貢献に報いる仕組みがあれば、活用の推進を検討する。
まとめ
チームリーダーが日々のマネジメントの中で意識的に「承認」と「評価」を行うことは、メンバーの自己肯定感を高め、チームの心理的安全性を醸成し、結果としてチーム全体のストレスを予防する非常に有効な手段です。
単なる形式的な言葉ではなく、具体的な行動やプロセス、そして存在そのものに対して、タイムリーに、本心から伝えることが重要です。また、評価の場を過去の断罪ではなく、未来の成長のための対話の機会と捉えることで、メンバーのモチベーションとエンゲージメントを高めることができます。
今日から、ぜひ一つでも良いので、本稿でご紹介した具体的な承認の声かけや評価のスタンスを実践してみてください。日々の小さな積み重ねが、メンバーの安心感と信頼を育み、ストレスに強く、成果を出し続けられる強いチームへと繋がっていくはずです。